西野七瀬さんの実家がどのような家庭だったのか、気になる方も多いのではないでしょうか。穏やかな雰囲気ながら芯の強さを感じさせる彼女の姿から、どんな環境で育ったのか知りたくなるのでしょう。
とくに学生時代のエピソードや家族との関わりは、現在の魅力とつながっている部分も多いと考えられます。そのため、彼女の出身地や家庭環境を丁寧に辿っていくことで意外な一面に気づくこともあるかもしれません。
ここでは、西野七瀬さんの実家や中学・高校時代の背景をわかりやすく整理しながらお伝えしていきます。
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【目次】
西野七瀬の実家はどんな家庭だった?

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人間の性格はどのような環境で育ったのかも大きく関係しています。西野七瀬さんの場合も、成長を支えた家庭環境がどのようなものだったのか知りたくなる人は多いでしょう。
ここでは、西野七瀬さんの出身地や実家、家族構成などについてまとめていきます。
出身地と家庭環境の特徴
西野さんの実家は大阪府大阪市平野区長吉が有力です。
こちらは後述する小学校のほか、ダウンタウン浜田雅功さんMCの番組「ごぶごぶ」に出演した際、西野さんご本人が公言したことで明らかとなっています。

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番組内では子どものころなどに行っていたという喜連瓜破のイオンと長吉のイオン(西野さんが子供の頃はダイエー)を訪れており、当時の外観と変わってしまったことを惜しみつつも懐かしんでいました。
この平野区長吉は下町らしいあたたかさのある地域。家の周りには商店や学校が集まり、子どもたちが自然と関わりを持ちやすい雰囲気があったといわれています。
本人も普段の関西弁から、地元でのびのびと育った印象が伝わってくるかもしれません。実際に、周囲の人にも気さくに声をかけられる環境だったという話も耳にします。
家庭内でも落ち着いた空気が流れていたとされ、自然体の性格につながっていったのでしょう。
家族構成とそれぞれの人物像
家族構成は父・母・兄の4人です。1人っ子でも兄弟がものすごく多いわけでもなく、にぎやかさとあたたかさがほどよく混ざった家庭だったようです。
西野さんは乃木坂加入当時、特に無口でおっとりしている印象も強かったため兄弟がいることを意外に感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
母はしっかり者で、優しさの中に芯があるタイプだといわれています。父も穏やかで、時折ユーモアを交えながら家族を支える存在だったようです。
こうした家族の個性が重なり、西野さんのバランスのいい感性を育てたのかもしれません。
兄は俳優で多くの話題作へ出演

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西野さんの兄は西野太盛さんと言い、俳優を務めています。
芸能界へ入るきっかけはストリートスナップをきっかけにSTREET JACK専属モデルに抜擢されたことからとのこと。ドラマ「ウチの夫は仕事ができない」や「相棒」にもゲスト出演したこともあり、話題作へ出演してきました。
西野さんは乃木坂卒業後、主に女優として活躍されていますので兄弟そろって役者の道を選んだことになりますね。
兄・太盛と不仲だった?
西野さんと兄・太盛さんの関係ですが、疎遠状態となっていた事故もあったのだとか。
西野さん曰く、ほとんどお互い何も干渉しない時期があったそうで、一時期喋らなかった、当時は兄の連絡先も知らず、兄の近況を母から伝え聞いて知るような状態が長く続いていたことを番組出演時に打ち明けていました。
ですが、太盛さんの上京後、西野さん自身も上京したことから2人の関係は改善。「自分が上京して仕事を始めてから逆にすごい仲良くなって、連絡も取るようになった」と、現在は良い関係を築けているとのことです。
ともに芸能の道へ進んだ者同士、刺激を受け合う場面が多かったのかもしれませんね。
育った地域の雰囲気と幼少期の背景
幼少期には、地元の商店街や公園でよく遊んでいたという話が残っています。
顔見知りが多い地域だったため、安心して外に出られる空気があったのでしょう。学校帰りに友達と寄り道をするような、のどかな日常が広がっていたようです。
乃木坂時代は大人しいイメージが強かったため、意外に感じる方も多いかもしれませんね。実際、小学校に入ってからは大人しい性格になったと語っていました。
ただ、そんな幼少期のおかげで、人との距離感を自然に保つコミュニケーション力が育まれたと考えられます。こうした日々の積み重ねが、現在の柔らかい雰囲気につながっていったといえるでしょう。
西野七瀬の実家はお金持ち?

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乃木坂46には現役、卒業生問わず実家がお金持ちのご家庭が多いです。西野さんも例外でなく、実家がお金持ち説がありました。
この章では、西野さんの実家がお金持ち説についてみていきましょう。
実家が金持ちと言われる理由
・小学生の頃、父親から高級万年筆をもらったことがある
・子供の頃からMacBook Airやペンタブレットなどを買ってもらった
・フランスへの短期留学を予定していた
西野さんの実家がお金持ちだったと言われる理由は、贈り物や進路選択の背景から推測されたものです。
まず万年筆に関しては、実用的な金ペンモデルで3万円〜10万円、ブランド品や限定品では10万円〜数百万円以上が相場。ペンタブレットもピンキリではあるものの、高いものだと数万から数十万するものがあります。
西野さんと言えば絵がうまいことでも知られており、幼い頃はアンパンマンをよく描いていたとのこと。そうなるとそれなりに高いペンタブレットを買い与えられていた可能性が高いでしょう。
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また詳しくは後述いたしますが、高校時代に留学を考えていたこと実家がお金持ち説に繋がりました。
家族の支えが手厚かったことだけは、確かなようですね。
家族が与えた影響とサポート体制
学生時代の西野さんは周囲に気を遣うタイプだったとされ、その背景には家族の見守りがあったのでしょう。
もっとも西野さんが乃木坂46のオーディションを受けたのは母の勧めだったとのこと。西野さん本人は受けたところで合格しないだろうと思っていたのだとか。結果、西野さんは見事合格し人気メンバーへと成長していきました。
もし母がオーディションを進めていなければ西野さんの今はないと思うと、家族が与えた影響はとても大きかったはずです。そして兄弟そろって芸能の道へいった西野家は、その点からも裕福な家庭であった可能性が考えられます。
西野七瀬の中学時代のエピソード

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思春期を迎える中学時代は、性格や人間関係が大きく変化しやすい時期でもあります。西野七瀬さんの場合も、地域の環境や学校生活のなかで多くの経験をしてきたといわれています。
この章では、通っていた中学校の情報や当時の性格、部活動などを順番に見ていきましょう。
通っていた中学校と地域情報
西野七瀬さんが通っていた中学校は、大阪府にある大阪市立長吉西中学校が有力です。
こちらは前述したように下町らしいあたたかさのある地域。登下校の道には商店や公園が多く、とても過ごしやすい街のようです。
中学生時代の性格や友人関係

西野さんは中学時代、人間関係に悩んでたそうです。きっかけは、小学校時代から仲良しだった友人が中学へ入ってから変わってしまったそう。
西野さんは兄・太盛さんの勧めでその友人とともにバスケ部へ入部。ところがバスケ部にはあまり関わりたくないと感じてしまうような部員がたくさんいたのだとか。
西野さん曰く、「私のお兄ちゃん、地元で悪いんだから!」みたいなことをアピールしてくる女子がたくさんいたそうです。
さらに、その友人がそんな部員たちとつるむようになり、その友人までも西野さんにきつく当たるようになってしまったとのこと。結局、西野さんは入部から5カ月で退部してしまいました。
その後、絵が好きということもあってか美術部へ誘われたこともあったようですが、西野さんは帰宅部を選択。とにかく早く帰って寝るかネットをするか漫画を読む生活を送っていたそうです。
そんな中学時代をインタビューで振り返った際には、早く帰りたいという一心で歩いていたら、歩くのがもの凄く速くなったと語っていました。
中学時代の卒アル写真はある?

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そんな西野さんの中学時代の卒アルが↑になります。これは乃木坂46の冠番組「乃木坂って、どこ?」の中で登場しました。
もう完全に西野七瀬が出来上がってますね。前述したエピソードもあるからか中学時代は男子と全く話さず、「話しかけるなオーラ」すら出していたという西野さんですが、こんなに可愛かったら男子も放っておかなかったのではないでしょうか?
元・E-Girlsの藤井萩花と同級生だった

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西野さんは、E-Girls元メンバー・藤井萩花さんと小学校、中学校と同級生でした。こちらは乃木坂在籍時、西野さん自身がブログで公言しています。
先ほど中学時代に女子の人間関係で悩んでいたと書きましたが、藤井さんとは仲良しでプライベートでも連絡を取り合うほどなのだとか。
ちなみに藤井さんは西野さんと同じく1期生・能條愛未さんとは高校の同級生だったとのこと。なんだかすごい縁ですね。
西野七瀬の高校時代の歩み

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高校に進学すると、環境が大きく変わり、自分自身と向き合う時間が増えていきます。西野七瀬さんも進路や学業、そして後に始まる芸能活動との両立に向き合う日々が続いたことでしょう。
ここでは、高校選びの背景から乃木坂46加入による変化までを順に見ていきます。
高校選びの理由と進路の背景
西野さんの通っていた高校は、大阪府にある松原高校です。こちらは高校時代の西野さんの画像が出回ったことで判明。制服により特定されました。
・高校時代の西野さん

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中学時代、前述したバスケ部での問題をきっかけに帰宅部となった西野さんでしたが、高校ではダンス部に入部。
しかし、映画「あさひなぐ」のイベントでは観客の女子高生から「学生時代に戻れるなら、何の部活に入って青春したいか」と聞かれると、「運動部じゃなくて、文化部がいいですね。室内で、畳のところで、みたいな。華道部かな。お菓子が食べられるって聞くし」と回答しています。
看護コースを選択していた
松原高校は農業や看護、福祉、美術などの専門教科があり、西野さんは看護コースでした。看護コースを選択した理由は、看護士の母親の勧めだったそう。
授業は実習も多く、覚えることが多いため大変な高校生活を送っていたことでしょう。結果として別の道へ進むことになりますが、この経験は大きな財産になったのではないしょうか?
フランス留学を考えていた理由

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高校時代には海外への興味が強く、フランス留学を真剣に考えていたそうです。アートや文化に触れて「別の世界を見てみたい」って思ってたのだとか。
自分の将来をどのように描くか悩む時期が続いていたのでしょう。
その矢先に乃木坂46のオーディションが訪れ、フランス留学はキャンセル。進路に大きな変化が起こります。
乃木坂46オーディション合格と加入による生活の変化

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フランス留学を決めていた西野さんでしたが、高2の夏に乃木坂46の1期生オーディションに合格し芸能の道へ進むこととなりました。
母の勧めで看護の道へ進もうとした西野さんでしたが、乃木坂のオーディションも母がきっかけだったとのこと。母親が書類を出したそうです。
親が書類を勝手に出すといったエピソードはジャニーズのタレントさんでよく聴きますが、女性アイドルだと少し珍しいパターンかもしれませんね。
合格後は地元を離れ上京。乃木坂46及び坂道グループは地方出身者は上京が条件であるため、西野さんも例外ではありません。
そして上京後は同じく地方出身メンバーとともに寮生活を送っていたといいます。
目黒日本大学高校 通信課程(旧・日出高校)へ転校
上京した西野さんは、地元の松原高校から目黒日本大学高校 通信課程へ編入しました。こちらもネットの情報により明らかとなったもの。
西野さんが編入した当時、同学年には女優の松岡茉優さんやアーティストの家入レオさんもいたそう。とてもすごいメンツですね。
家族との関係が西野七瀬に与えた影響

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人生の経験を振り返ると、家族の存在がどれほど大きな支えになっていたのか気づくことがあります。西野七瀬さんも日々の生活の中で、家族との関わりから多くの影響を受けてきたようです。
この章では、兄や両親から得た刺激や価値観がどのように彼女の進路や成長につながったのかを見ていきます。
兄から受けた影響と刺激
兄・太盛さんとは子供のころからゲームをしたり、一緒に遊んで過ごすことが多かったそうです。前述したように一時期は口を利かない時期もあったとのことですが、現在は関係が修復。
太盛さんが舞台へ出演した際には西野さんが観に行ったりしているのだとか。
よきライバルでもあるのかもしれませんね。
母や父の支えがあった具体的エピソード
母は西野さんを芸能の道へ行かせた張本人であり、常に西野さんに手を差し伸べてきました。乃木坂に加入してもない頃は金銭面で余裕がなかったため、母が援助していたそうです。
例えば私服で参加しなければならない個別握手会が近づくと、その私服代を母が援助していたとのこと。
2015年の母の日には、西野さんはステージ上から「いつも遠くから来て部屋をきれいにしてくれてありがとう」とメッセージを。それを聞いた母は涙ぐんでしまったといいます。
また、西野さんの芸能活動について届いたメールの中には、「きっと後悔することもあると思うけど…」というメッセージがありました。それを読んだ西野さんは「誇りに思ってもらえるように頑張る」と答えたのだとか。
父も西野さんへの理解と愛がとても深かったそう。
新聞に挟まれているパチンコ屋さんのチラシの裏に漫画を描いていた際、特にパチンコ屋さんのチラシは裏が白いことが多かったため、父親がそれを適当なサイズに切ってストックしてくれていたそうです。
こうした支えがあったからこそ、新しい挑戦にも前向きになれたのだといえるでしょう。
乃木坂46加入前後の生活と変化

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乃木坂46に加入する前後は、人生が大きく動き出す転機となる時期です。加入直後は、一般人と芸能人と生活の違いについていくのが大変だったといいます。
ここでは、合格直後の生活などをみていきましょう。
アイドルの大変さを思い知る
「アイドルって、めちゃくちゃ働くんだと思いました。当時は体力が全然なかったので、仕事でぐったり疲れて寝て、次の日、寝坊してしまうこともあって(苦笑)。その日その日の仕事をこなすのが、精いっぱいでした。あと、大阪にいた時はほとんど電車に乗っていなかったので、東京の満員電車にはなかなか慣れなかったです」。
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17歳で乃木坂46の1期生オーディションに合格し大阪から上京してきた西野さんは、当時の活動について「楽しい」より「大変」のが大きかったと、卒業後のインタビューで語っていました。
それでもやっていけたのは、やはり同期の存在だったとのこと。同じ上京組で寮生活を送るメンバーに助けられたといいます。かつて「集団行動は苦手」と明かしていた西野さんでしたが、「今思うと、特につらくはなかったなと思うんです」と語っていました。
学生としての時間との両立

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ただでさえ芸能生活に慣れなくてはいけないのに、そこにさらに学業との両立という壁もありました。学業とアイドル活動の両立については「新幹線で東京までレッスンに通っていたので大変だった」とレッスン時代の大変さを振り返っていました。
上京後も授業に出られない日も増え、課題をこなすために夜遅くまで勉強することもあったといいます。それでも続けられたのは、やはり同期の存在が大きかったのかもしれません。
中でも地方出身者の存在は大きかった模様。例えば富山県出身の市來玲奈さんは、成績を厳しく評価する高校に通っており、放課後になって東京でのレッスンに向かう新幹線の中で勉強に取り組みながら大学進学。そんな市來さんを西野さんは「すごい」とインタビューで語っていました。
兄・太盛さんの舞台を見に行くというエピソードにも通じ、似た境遇の近しい存在から刺激をもらっていたという部分はあるのでしょう。
西野七瀬の実家に関するよくある質問(Q&A)
Q:西野七瀬の実家は本当にお金持ちなの?
小学生の頃、父親から高級万年筆をもらったことがある、子供の頃からMacBook Airやペンタブレットなどを買ってもらった、フランスへの短期留学を予定していたなどといったエピソードからこのような悦が浮上しました。
ただし明確な公的情報があるわけではなく、家庭に余裕があった可能性が語られている程度といえるでしょう。家族の支えが厚かったことは確かで、その姿勢が彼女の成長につながったのかもしれません。
Q:家族の職業に関する情報はある?
母は看護師、父は不明、兄は俳優です。
Q:学生時代の部活動は何をしていた?
中学時代にはバスケットボール部に所属していました。
その後、高校時代にはダンス部に所属しています。
この経験は後のダンスやステージでの表現にも活かされたでしょう。
Q:兄との関係はどんなものだった?
兄とは良い意味で刺激し合う関係で、舞台に出演した際には見に行ったりするとのこと。一時期は口を利かなかった時期もあったようでっすが、兄の背中から学んだことが、後の挑戦に向かう姿勢につながったと考えられます。
Q:なぜフランス留学を目指していたの?
高校時代に異文化や語学への興味が強まり、自分の視野を広げたいという気持ちがあったとされています。海外での生活に憧れを抱き、新しい経験を求めていたことが背景にあったのでしょう。
その最中にオーディション合格が決まり、留学はキャンセルとなりました。
まとめ|西野七瀬の実家と学生時代の特徴
西野七瀬さんの実家や学生時代を振り返ると、家族の温かい支えと地域の落ち着いた環境が大きな影響を与えていたと感じられます。中学や高校での経験は、迷いや葛藤を抱えながらも自分らしく成長していく姿を思い浮かべることができます。
また、西野さんに対する家族の理解の高さも大きかったことでしょう。特に母親がオーディションを進めなければ西野さんが乃木坂になることはなかったかもしれません。
これらの経験が現在のしなやかさや優しさにつながり、ファンから愛される理由のひとつになっているのかもしれません。実家や学生時代のエピソードを知ることで、彼女の魅力をより深く味わうきっかけとなっていれば幸いです。
